変わり者の父は出かける時、いつも少女にこう言うのでした。
「いいか、けっして村へ行ってはならんぞ。村人に会ったら何をされるかわからんからな。」こくんとうなずいたものの、父を見送る少女の顔は、とてもさびしそうでした。
少女はいつものように、小高い丘の上から、村のようすをながめておりました。
「おとうはなぜ村の人をきらうのだろう。ここからみる村の人たちは、みんなはたらき者でやさしそうなのになあ。」
風にのって、ピーヒャラ、ピーヒャラ笛の音がきこえてきます。村では毎日獅子舞の練習が、行われているのです。一人ぼっちの少女は、丘の上で笛の音に合わせてそっとおどってみるのでした。
ある日のこと、いつになくはなやかな笛の音にさそわれて、とうとう村へ入っていきました。旧暦のお盆の日、中野村は獅子舞のため、村中がにぎわっておりました。初めて見る村のようすに見とれていますと、おそろしい顔をした獅子が、両手いっぱいひろげて、少女の目の前にあらわれました。
「きゃー、鬼じゃ、こわいよう。」
あわてて木のかげにかくれた少女を見て、村の大人たちは腹をかかえて笑いました。
それは山の神に導かれて、三頭の獅子がちょうど熊野神社へ向かうところでした。そして神社につくと、一列にならんで、悪魔払い、豊作の祈願を合わせて、太鼓をたたきながら、舞を奉納するのです。
鬼だとばかりに思っていた獅子たちの、雄大な舞にすっかり心をうばわれていた少女は、突然肩をゆすられました。
「おまえ見かけない顔だな、どこからきたんだ。」
ふりむくと村の子供たちです。
「あ、こいつ見たことがあるぞ。川のほとりの箕作りうりの子だぞい。」
「箕作りうり、箕作りうりの子の着物（べべ）、つぎはぎだらけ。」
子供たちはつぎつぎに、はやしたてました。少女はなきたくなり、やっと父が村へはいくなと言ったわけが、わかりました。
その時です。
「およしなさい。そのようなわるさをする子は、神が許すまいぞ。」
すんだきれいな声がして、一人の女の人が現れました。
そして青く光る目で、子供たちをぐっとにらみつけるのでした。その目がよほどおそろしかったのか、みんなふるえながら、にげて行ったのでした。それから少女の肩にやさしく手をかけながら、こう言いました。
「ようこらえていましたね。かわいそうに。でもだまって村にきたのでは、父が心配しておる。早く帰るがよい。」
少女は走りました。走りながら、今日の村での事を、何と話そうかと考えました。でも、「とうとう約束をやぶって、村へいってしまった。おとうは、きっとおこるだろうな……。」と思うのでした。
やっと家の近くまで来ると、心配のあまりむかえにきていた父と会いました。やはり父はひどくおこり、少女のほほを打ちながら言いました。
「あれほど行くなと言ったのに、けしからん。行けばお前が、みじめな思いをするのがわからんのか。それに助けてくれた人がいただと、うそをつくんじゃない。」その夜、とうとう少女を家に入れてくれませんでした。
少女は悲しさのあまり、川のほとりを泣きながら歩き、泉の所に来てしまいました。泉にはつめたく月が、うつっておりました。その月の光が、ゆらゆらと、ゆれうごいたかと思うと、熊野まいり姿の美しい比丘尼（びくに）が、泉の上に現れて、少女に手をさしのべました。
「あっ、あなたは、村で助けてくれた……。」
まねかれるままに、少女は泉の中に入ってゆきました。
そしてそのやさしい腕の中に抱かれた時、比丘尼も少女の姿も、泉の中に消えてしまいました。そしてそのあと、一匹の大きな金色の鯉が、静かに泳いでおったということです。
翌年のことです。中野村には、また獅子舞の季節がやってきました。村人は祭りの準備にいそがしくすごし、だれも一年前にいなくなった少女の事など思い出す人はおりません。けどあのなつかしい笛の音が、この中野川のほとりまで流れてくると、金色に輝く大きな鯉が必ず現れたと、村人が話してくれました。